Spaces experienced and measured by the body are what I want to capture and project onto my work. As spaces are formed and developed around the moving body in relation to the physical environment in which we live, I believe sense of space and meaning of space can reflect identity; whether personal or cultural. By making references to forms I find in places that are meaningful to me, my intention is to reconstruct spaces in a new order that connects spatial properties of the body and the realm that lies beyond them.

The material I use to make my work is steel. Steel gives me the freedom to expand in scale and determine dimensions with precision. The forms I make are not based on any mathematical principle, rather they are built by intuition as if drawing a line in a sketchbook. The relationship between my work and the place for installment is very important as it greatly effects how the work is viewed and experienced. I am inspired by music, language and architecture; the rhythms and structures within them.

Rina Murao 2017.2.14

 

私は、ある空間の状態を作り出すことに関心を持っています。それは緊張感を伴った空間の状態なのですが、それを作り出すため、空間を圧縮したり、引き伸ばしたり、穴を空けたり、刻んだりしています。私が扱っている素材は金属ですが、金属を扱いながらも常に見ているのは空間の方です。空間を切り開くことにより、その場のずっと向こうに広がるものに通じることができるような気がします。今ここにいる自分と、自分を遥かに超えた領域とを繋ぐものが自身の彫刻だと考えています。

そして彫刻とは、人間やあらゆる物が第一に体として存在しているということを手がかりに、それがどのように存在しているかということを探り表現するものだと考えています。そして私は、人間が身体を通してどのように空間を捉えているか、そして空間にどのような意味を見出しているかということに関心があります。人は日々食べ物を摂ることで体の土台を作っていますが、同様に空間を経験することで、身体感覚や空間の感覚を体に蓄積しているように感じます。身体に刻まれた空間は、その人のアイデンティティにも関わるほど重要なものでありうると思います。私のしていることは、身体の尺度によって測られた空間、自身の中に取り入れられた空間を外(彫刻が現れんとする場)に向かって投影し、そこで空間を “体にする(=彫刻にする)” ということのように思います。

なぜ私はこのような表現に興味があるのでしょう。それは私が人間の存在について考える中で、「人は誰しも身体として存在し、身体として存在しなくなるという未来を確実に有している」という点に目を向けてきたからです。人間の生と死を、身体や意識の”集合と解散”と捉えると、身体を構成する物質が集合している状態が生であり、解散することが死になります。そこで、私は身体が解散したときに、心、意識、あるいは魂の求心性はどうなるのかということに関心を抱いてきました。それは拡張、拡散、あるいは消失するのか。そのことを彫刻の求心性と関連させて考え表現してきました。私は自分の未来の行き先に関心があり、その時に見えてくるものを今シミュレーションしているように思います。そして、心、意識、あるいは魂は、体を失ってから少なくともしばらくの間は身体感覚と空間の感覚を持ち越すのではないかと考えています。そして、そのときに魂は構造体を求めると思うのです。証明できることは何もなくても、考えたことを表現することは自由です。手で考え体で考える哲学である彫刻を通して、私は表現の世界で存在の有り方の探求をこれからも続けていきます。


村尾里奈 2017.2.14